上映会&ミニコンサート「残されたものは歌を継ぐ」

 一昨日、114日の上映会の報告です。炎の雫では、高円寺時代を含めて34回目の上映会です。

 

映画「カンタ! ティモール」の主人公ともいうべきアレックスが天に召されたのが昨年の119日、あれから1年が経とうとしています。彼の一周忌に捧げるべく、企画した久しぶりの上映会。「残されたものは歌を継ぐ」と題したミニコンサート付きです。

今回の上映会は、初めて事前に予約で15人満席になりました。一週間も前の予約受付終了は前代未聞です。これもアレックスの力、彼が天国から後押ししてくれているのじゃないかと感じてしまいました。

当日キャンセルもあったので、結果的には14人の参加、1/3がリピーターの方でした。 

1部は上映会、午後1時半の上映開始でした。この映画、何回見ても、その時々で感じることがあり、心を揺さぶられます。皆さん画面に見入り、それぞれ思うところがあったことと思います。

 

映画の後、並べてあったサウンドトラックCDや南風島渉さんの本、そして炎の雫の東ティモールコーヒーの紹介をし、アレックスが昨年の119日に急逝したこと、奥様や子供たちのために監督の広田奈津子さんが募金で長い支援を呼び掛けていることなどを簡単にお伝えしました。

 

休憩をはさんで、2部はミニコンサート「残されたものは歌を継ぐ」(これは私たちが作った歌“アレックス”の歌詞からとりました)。

出演は共にカンタティモールを複数回見てくれている2人のシンガーと水野です。

トップは金井いずみさん。彼女はスピリチュアル系で、映画を見ている最中ずっとアレックスが来ていると感じていたと言い、アレックスに届け! と強い思いを持って歌ってくれました。彼女の歌声はきっとアレックスに届いたことでしょう。

その後は魅酒健太郎さん。場を和ませてくれるトークを交えながら、渋い歌声を聞かせてくれました。また、自分も何度か見ているけれど見るたびにいろいろ気づかせてくれる映画だからぜひまた見て、と呼び掛けてもくれました。

最後は水野たかし。オリジナルの「祈りの歌」をアレックスに捧げて、その後「モリス・フォウン」(映画の真ん中あたりでアレックスが歌っている曲に日本語の詩を付けました。昨年の12月の追悼の会でも歌わせていただきました。)アレックスの生き様を歌った「アレックス」、最後はみんなで「ヘイ!マルシーラ」を歌いました。健太郎さんといずみさんも前に出てくれ、会場の皆さんも歌ってくれる方、それから私の手話をまねしてくれる方もいて、とてもいい雰囲気で上映会を終わることができました。

終了後、一人の方がCDを下さいと言い、1万円を出して、おつりはアレックスの募金にと言いました。びっくりして、え?8000円ですよ、いいんですかというと、いいんですと。その方の中によほど響くものがあったのでしょう、有難いこととお預かりしました。

 

募金は事務局に送って、アレックスのご遺族に届けられます。監督やご友人が直接持って行ってくれるので、確実にご家族に届くと思います。

 

足かけ5年、この映画を上映し続けてきた中で、たくさんの出会いがあり、いろんなお話を聞かせてもらいました。いつもそんなお話をせていただくのですが、今回はコンサート付きにしたためにその辺は省略、この場を借りて少し書いておきます。

 

広田奈津子監督は、こどもの頃、木とお話する子供だったのですが、宅地開発で森の木が切られてしまったことにショックを受けます。それを癒してくれたのがアメリカ大陸先住民のスピーチがもとになった「父は空、母は大地」という絵本だった、それで大学生の時にアメリカインディアンに会いに行き、そこの長老から、環太平洋に森を殺さない人たちが住んでいるから会いに行くといいと勧められたそうです。その中で東ティモールが独立しようとしていることに興味を持ち、日本がマイナスの関わりをしていたことも知り、せめてお祝いに行こうと独立式典に参加、その会場の片隅で(ステージに乗るのではなく)子ども達に囲まれて歌っているアレックスに出会います。その歌をもう一度聞きたいという思いからこの映画は生まれました。アレックスを訪ねて再び訪れた東ティモールで、その歌の意味を知り、彼の生きてきた道をたどりながら、同時にティモールの独立への歴史をたどっていくことになりました。

 

ですが、この映画は単に独立運動を扱っただけのものではありません。ティモールの自然の美しさ、どこか懐かしさを感じる風景、子どもたちや大人たちの笑顔、人々の気高さ、ルリックと呼ばれる精霊との関わり、あふれる音楽、許すということ、生きるということ、いろんなものがいっぱい詰まっています。だからこそ、何度見ても新しい発見があり、その時その時、こちらの精神状態によって全く違うものが見えてくるのです。彼女は始めは映画を作るというつもりではなく、ただただ記録しようと映像を撮り、それを6年かけて映画にしました。映画館での公開という話もあったそうですが、あえて自主上映でという道を選びました。そして今、6年の歳月を経ても尚、各地で上映され、静かな感動が拡がり続けています。  

 

小さな会場での上映会の良さに、映画が終わった後、話ができることがあります。各地の上映会では、監督や映画にも登場するジャーナリストの南風島渉さん、この映画の上映会を何百回も続けている名古屋のシンガーソングライターの江口晶さんを招いてトークしてもらったり、監督のパートナーであり映画の助監督・音楽監修でもある小向サダムさんのミニコンサートがあったり、観客とシェアし話あったりする企画が行われています。

 

炎の雫では、もともと江口晶さんからのお話で上映会を始めたこともあり、何度も江口さんに来ていただいています。彼の場合は、マルシーラを歌う時に、奥様がフラを踊られます。(私が今手話を付けているのは、江口夫妻の影響、フラダンスは無理だけど手話ならできるということで始めました。)昨年の10月には、南風島さんが千葉まで来て話をしてくれました。その時の打ち上げでの話がきっかけで「モリス・フォウン」ができました。南風島さんのトークの内容について、詳しく知りたい方は、201711月のブログを見て下さい。(外房篇ブログ20156月~1810月の所にあります。)また、私たちが他の場所で何度か監督のお話を聞く機会も何度かあり、上映会の時はその内容をお伝えしたり、できる範囲で質問にお答えしたりしてきました。逆に、ティモールに行ってきた方がその経験を語ってくれたり、インドネシアに住んでいたという方が現地の情勢を話してくれたりしたこともありました。人と人の繋がりを作ってくれる映画でもあります。

 

アレックスがなくなってから、上映会ではアレックスのメッセージカードが配られています。最後にその中の一節を‥

 

『たとえ仲間が10人にしか見えなくて、対するものがあまりに大きく見えても、いのちがよろこぶ仕事には、亡くなった人たちも、生まれてくる人たちも付いている。それは1000どころじゃないんだ、ぜったいに大丈夫だから、恐れずに進んでください』Helder  Alexio Lopez

 

「カンタ!ティモール」の上映会は、ご希望があれば、何人か集まれば、いつでも開催します。お声をかけて下さい。お待ちしています。(2018116日 佳)

 

 

11月4日の上映会に参加した方でアレックスのメッセージカードを受け取っていない方がいらっしゃいましたら、お手数ですがご連絡ください。

 

 

お知らせ

事情により、外房に来てからのブログ(2015年6月~2018年10月)は、外房篇2015年6月~208年10月の所にあります。

以下の記事は、2013年7月から2015年の1月までのものです。

それ以前のものは、高円寺時代の所にあります。

少しずつ、ゆっくりと…

2015年が始まり、もうひと月になろうとしています。


17日の土曜日に、とある施設の成人式に行ってきました。

炎の雫で2か月に1度続けている「ごはんの会」のメンバーが今年成人式を迎え、彼らの中の2人が働いている作業所の成人式のお祝いの会です。気軽な会だと思って行ったら、ずいぶん立派な会で、議員さんや養護学校の校長先生も来賓で出席されていて、困ったなと思ったけど、暖かな雰囲気のいい会でした。

この施設で成人を迎えたのは3人、職員さんによる一人ひとりの紹介で彼らの普段の様子が垣間見え、保護者の方の言葉には、ここまで育ててきた日々の大変さとだからこその成人を迎えた喜びが表れていました。

彼らが小さな時からの写真をスライドで写したり、他の作業所の人たちがお祝いのフラダンスを踊ってくれたり、仲間たちが歌を歌ってくれたりと、楽しいプログラムがいっぱいでした。フラダンスを踊ってくれた中にも、ごはんの会のメンバーがいてびっくり。私は、彼らとは小学校の高学年または中学生になった時からのお付き合いなので、感慨深いものがありました。

少しずつできることを増やしながら、ゆっくりと成長してきた彼らが、これからも、楽しく働き、暮らしていけるようにと心から願っています。その一つとして、「ごはんの会」も続けていきたいなと思います。


(ここで、ごはんの会って何だろうと思っている方のために解説。ごはんの会は私が以前働いていた、障害児の放課後クラブを卒業し社会人となった若者たちと、それに関わっていた大人たちが集まって、一緒にごはんを作って食べる昼食会です。炎の雫のスペースを貸し切り状態にし、みんなでワイワイやっています。知的障害を持つ彼らをサポートする大人たちはボランティアです。ごはんを食べた後は、絵本と手話の歌、時には工作をしたり、彼らが中高生だったころのように活動しています。)


さて、お店の方はというと、6日の夜に映画上映会から始めました。

この日は、土日には来られずまだ「カンタ!ティモール」を見ていないうちの長男や知人たちが集まりました。

いつも上映後、私が少し話し、最後に主題歌とも言える「星降る島」をみんなで歌っているのですが、夫にギター弾けそう?と聞くと、大丈夫だろうというのでやってみました。結果はOK、一安心。

20代から60代までの世代の違う人たちが、いろいろ話し合うことができていい上映会になりました。

これが復帰の第一歩。


そして、8日から、午後1時から5時までの短い時間ですがお店を開けることにしました。

少しずつ、ゆっくりとペースを戻していこうと話しています。

イベントは予定通りに行います。17日には、“あおやぎとしひろ&くみこ”のライブでした。夫はギターを何曲か弾かせていただきました。家でギターを弾いて、ある程度は弾けると思っていても、人と一緒にやるとか実際のライブでやるのは全く違うからと不安に思っていたようですが、あおやぎさんと一緒にやらせてもらって、なんとかなりそうと思えたようでした。お二人も気づかいながら演奏してくださり、なんだかいつもにもまして優しい音色を奏でてくれたように感じました。あおやぎさん、くみこさん、ありがとう。

21日の水曜日は稲生座のライブが入っていたのですが、おかげでそれも無事にできました。稲生座のみんなも、対バンのるーぱんも、見守る眼差しが暖かくて、なんだかぐっときました。

ライブの方も、少しずつゆっくりとやっていけそうです。


新しい試みもあります。

名付けて「イデアの雫」。“支え合い”をテーマに、人と出会い、話を聞く会ということで、様々な場で誰かを支える活動をしている方のお話を聞き、繋がりを考えていこうという会です。私が児童館で知り合った仲間たちと一緒に始めようということになったもので、12か月に1回不定期開催。

1回は129日木曜19:00から、西方郁子さん・松本麻里さんによる「支え合いを目指す人たち~西方さん・松本さんの訪問記」、第2回は2月24日、槇直子さん「子供が主役の放課後教室」、第3回は3月20日、関本保孝さん「夜間中学校~多様な国籍・年齢のせいとが集い、学ぶ場」です。興味のある方はご連絡ください。


日常生活はというと、生活のペースも、少しずつできてきました。

減塩生活にも慣れてきました。今までと違うのは、お料理の始めはまず計算というところ。テーブルに座り、病院でもらった塩分表を傍らに、食品のパッケージを眺めながら、何をどれだけ使ったら塩分何グラムと計算します。夕食だったら3人前で塩分6グラム、それぞれに使う塩分量を決め、小皿に計量。タニタのはかり活躍中。

ある日のの夕食は(写真)、カレイの煮つけ・一緒にお豆腐を煮て、ここに塩分約3グラム。切り干し大根の酢の物ここに2グラム弱。かぼちゃの煮物はだしとお砂糖で煮て0.1グラム。スナップエンドウをゆでてマヨネーズで食べるのは0.4グラムくらい。合わせて5.5グラムくらい。どうかな?と食べてみると、これが結構いけます。煮つけは甘辛い濃厚な味ではないけど、別物と思えばなかなかいけます。おいしいよ。こんな感じで、毎日毎日、なんだ大丈夫、おいしいよねと食べている私たち夫婦ですが、かわいそうに息子は、う~ん、と言いながらお醤油かけたり、お塩かけたりしながら食べています。


だしの話。

粉末だしの素を使うと5グラムで塩分1.5グラムもあり、一人分がほぼなくなっちやう。私、ほんだしが得意だったのですが、だしをとることにしました。と言っても、本格的にとるのはめんどくさい。そこで、生協のだしパック。麦茶のパックみたいになってるやつ。これでだしとると、100mlあたりの塩分は0.07グラム、これはほぼ無視してもいい値。私はいい加減なので0.1以下は考えに入れないことにしてます。あんまり細かいと疲れちゃうから。だから、いつも6グラムぎりぎりじゃなくてちょっと残すようにしてます。これで何とかなるでしょう。

減塩したからって直ぐに血圧が下がるわけじゃない、こっちも少しずつ、下がっていけばいいと思いながら、ゆっくりと続けていくしかないと思います。


こんな感じで暮らしています。

少しずつ、ゆっくりと…今年のモットーです。 (佳)




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退院、そして新しい年

ご心配をおかけしましたが、年末12月30日、退院することができました。

 

 そして、2015年を迎えることができました。

  今年もどうぞよろしくお願いします。  

 

                        水野たかし・佳

12月30日担当の先生の説明のお話を聞き、栄養士さんの食事指導を受けて、退院しました。

右視床出血の影響は、不随意運動だけでなく、左側にごく軽い麻痺のようなものがあること、今回よりも以前に小さな出血が起きていた痕跡がいくつかあることを説明され、血圧管理のための食事改善を指導されました。

 

こうして、水野家の減塩生活が始まりました。塩分は1日6グラム、1食について2グラムです。ナトリウムだと、2.5倍して、食塩相当量を計算するそう。食品の成分を気にしてみるようになると、これが結構面白い。カップ麺なんか食べたら、Ⅰ個で一日分の塩分になっちやう。市販品のほとんどのものにナトリウムは含まれている。レモンを自分で絞ったら塩分はないけど、ポッカレモンにはナトリウムが入っているなんて全然知らなかった。甘いお菓子だってナトリウムを含んでいる。へえ、そうなんだと思いました。目下のところ、食品のパッケージを眺めてはふーんと思い、調味料を計っては、これくらいだとこんな味と実験中。それはそれでちょっと楽しかったりします。

 

さて、退院する前にアマゾンで買ったものが2つ。ひとつは血圧計、もともと家にあったのは10年以上前のもので、先生にこの際新しいのを買ったら、と言われて購入しました。もう一つは、エアロプレスというコーヒーメーカーです。入院中の時間つぶしにと図書館で借りてきた「珈琲の大辞典」という本に載っていて、夫が興味を持ったもの。筒状になっていて珈琲の粉を入れ、お湯を注いで圧をかけて押し出すという単純なもの。一時流行った紅茶の葉っぱを入れて押し出すやつ、ありましたよね、あれって本来はコーヒー用だったって知ってましたか?私は全然知らなかった、フレンチプレスというそうです。それを発展させたのがエアロプレス。知る人ぞ知るマシンらしい。それを買いました。お医者さんにもコーヒーは特に問題ないと言われたので、早速エアロプレスを使ってコーヒーを入れてみたら、おいしい!苦いコーヒーが苦手な私でも大丈夫な、すっきりした苦みのコーヒーができます。豆の量とお湯の量の微妙な配合が面白いらしく、夫は今エアロプレスにはまっています。

 

お酒は適量でと指導されました。適量ってどのくらい?そしたら、栄養士さんが面白い計算方法を教えてくれました。アルコール度数に量をかけて2500が適量だそうです。つまり、ビールなら5%だから500ml、日本酒なら16%くらいだから156mlで1合弱、焼酎なら25度だから100ml、ワインなら14%だと180ml。この量だとどれがいいかな、私たちは日本酒をちびちび飲むことにしました。二人で1合半くらいをゆっくり飲む。お正月らしい気分になれますね。

 

なんだかんだで、今の状況を楽しめる私たちでよかったねと言いながら、のんびりしたお正月を過ごしています。

お店も、ゆっくり無理せずにやっていこうと思います。ご迷惑をおかけしますが、どうぞよろしくお願いします。

皆様も、飲みすぎないように、楽しいお正月をお過ごしください。(佳)

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水野たかし・入院騒動記

12月18日(木)1820、仕事が終わり、何気なく携帯を見ると、着信アリ、やなぎさんからの留守電が入っていた。ライブのことかなと思いながら留守電を聞くと、「今、河北病院にいます。連絡ください」あっ、と思った。慌てて電話すると、今水野さんは診察中でまだ出てこないとのこと。タクシーを探して乗った。その時点では、連れて帰るのに私が自転車ではと思ったから。


前日水曜日は定休日だった。仕事から帰ると、水野は「ギター弾いてると、なんだか左手が変でうまく弾けない」と言っていた。夕ご飯のお鍋を食べながら見ていると、やっぱり左手が変だった。妙に肘が上がってしまい、お茶碗を持ちながらこねくり回している。何だろうね、脳かな、病院行った方がいいよと、会話はしていた。翌朝、病院行けば?うーん、いいよと言いながら出かけて行った。


その日の午後、ちょうど稲生座でライブがあるやなぎさんがお店に寄ってくれた。水野はやなぎさんにも左手が変だと言った。「しばらく見ていたけど、やっぱり変だから病院に行こう」と説得してくれ、車で連れて行ってくれたやなぎさんの判断が、結果的には大正解だった。


私が病院についた時、「まだ出てこないんだよ」というやなぎさんの言葉に、何かあるなと覚悟した。ほどなく看護師さんに呼ばれ、やなぎさんに一緒に来てもらって中へ入った。先生は「残念ながら脳出血が見られます。それに血圧が高すぎる。」と言い、出血は少量なので大丈夫、でも血圧を何とかしないと危険ということで、そのまま集中治療室への入院となった。さて本人は、半日会っていないだけなのに、すっかり顔が病人になっている。血圧260もあったと聞いて、自分でもショックだったのだろう。幸い、話もできるし、頭もちゃんとしているのでほっとする。こんな時に、わあ、どうしようと思わないのが私、と自分に言い聞かせ、入院の説明や事務的な手続きを聞き、私の仕事場である児童館の館長に連絡を取り、お休みをもらった。


普段通りに受け答えしながら、実は考えていたのは土曜日のカンタティモールの上映会のことだった。今回はマンスリー上映の最終回、予約もたくさん入っていた。何とかちゃんとやらなくちゃと私は思い、夫も同じことを考えていて、その夜は土曜日のこと、プロジェクターのつなぎ方とかをICUで話し合った。とにかく必死、病気のことどころじゃなかった、変わった夫婦だと思われただろうな。今から思うと、落ち着いているつもりが全然そうじゃなかった。


翌日、私はICUにずっといた。血圧をさげるために、普通は薄めて使う薬をダイレクトで点滴で入れているので、本人はちょっと酩酊したような感じと言っている。いろんな管がついていてすべてデータが表示される、看護士さんはキャスター付きの台にノートパソコンを乗せてやってくる、何か確認するのも、処置した後も、すべてマウスを動かして記録、ハイテクだなあと感心してしまう。ベッドからまったく動けないので、看護士さんは至れり尽くせり、なんでもやってくれる、私は時々お水を買いに行ったりするだけ。お水を飲む量を計ってくださいと計量カップを持ってきたのが、妙にアナログで面白い。ICUなので、電子機器は使えない、携帯の電源も切らなくちゃならないので、どこかに連絡したいときは、私が部屋を出て電話したり。


ICUには足かけ5日いた。血圧が安定してきて、徐々に電動ベッドを動かして体を起こしたりできるようになり、トイレに看護士さんと一緒に歩いていけるようになった。薬の濃度も少し下がった。時々うとうとするけれど、結構起きている時間があり、私たちはずっとおしゃべりしていた。

土曜日のカンタティモールの上映会は、江口夫妻に助けていただき、無事に開催することができた。本当にお二人には感謝している。いつも通りにできるはずの私は、今まで手に持っていたDVDを、別のCDのケースに入れてしまって探し回ったり、自分の友達に初対面の人のように挨拶したりと、いろいろ変なことをしたけれど。そんなことも、次の日夫に逐一話して2人で笑っていた。河北病院のICU はとても優しくて、私たちのおしゃべりを咎められることはなかった。


22日月曜日、私は児童館に出勤し3時に早退させてもらうことになっていた日、病院から連絡があり、一般病棟に引っ越したとのこと。5日目にしてやっとICU脱出する。5階の端っこの4人部屋だったが、完全にカーテンで仕切られていて、落ち着くことができる。一般病棟に移って電子機器OKになった。私が預かっていたiPadや携帯を渡すと、早速嬉しそうにフェイスブックを見ていた。


まだ点滴が取れず。また、点滴で強い薬を入れたため、血管が炎症を起こし、腕が真っ赤に晴れていて痛いのかわいそう。こちらの看護士さんたちは、たくさんの患者さんをみなければならず、常に忙しい。トイレに行きたい時はナースコールするしかないけど、できるだけ煩わさないようにと、お水やお茶は私が面倒見ることにする。結局のところ、入院中の私の役割は、水汲み女と洗濯女かしら。


1日2回のリハビリも始まった。右の視床下部の出血の影響で出ている、左手の不随意運動のリハビリを何回か見学させてもらったが、とても面白い。リハビリの担当は若い男性で、シートに書かれているいろんな大きさの円を夫の左手に手を添えてなぞっていく。それをどう感じるか聞き、実際との違い、夫がなぜそう感じるのか、出血の影響がどこにどう出るかなどを話し合っていく。夫はかなり理屈っぽいが、それに丁寧に答えている。興味深いやり取りだった。もともと思い通りに自分の体を動かすことができない不器用な私としては、脳出血してなくてもできないだろうなと思いながら見ていた。


点滴の速度がだんだん遅くなってきた。始め50だったのが、40になり、35になり、昨日は20だった。そして6日目の今日、行ってみると5になっていて、夕方遂に点滴が取れた。腕の腫れもだいぶ良くなってきた。それと同時に、「付き添い歩行」のプレートが「院内フリー」に変わった。トイレで看護士さんを呼ぶのが申し訳ないと言っていたので、気が楽になったようだ。今では、ベッドに腰かけ、机に向かってパッドをいじっていると、家にいるのとあまり変わらない感じになってきた。左手が時々ぴくぴく動くが、それも減ってきたようだ。自主的リハビリと称して、パッドの入力を左手で一生懸命やっている。


夫の入院は、普段は意識しないでいたことを見せてくれた。病院には様々な人間模様がある。患者の側にも、スタッフの側にもいろんな人がいて、それぞれの立場で懸命に生きている。それを目にして、改めて自分を考えることができた。人のやさしさも身に染みた。職場の同僚は、シフトを組み換え、私が少しでも早く病院へ行けるようにしてくれた。心配して訪ねてくれた彼の音楽仲間たちにも励まされた。みんなに感謝、ありがとう。そして、やなぎさん、彼が説得してくれなかったらもっともっと大変なことになっていただろう。稲生座のエミちゃんに「やなぎは命の恩人だね」と言われたけれど、その通り。本当にありがとうございました。


入院して10日を超えたが、そろそろ先が見えてきたように思う。

この間、仕事のある日は夕方から、休みの時はお昼から、毎日病院に行き、一緒に過ごしてきた。でも、いつもあっという間に帰る時間になってしまう。二人で話をしていると時間は瞬く間、私は水野と一緒にいるのが本当に好きなんだなと改めてしみじみ感じた。ICUにいたときは、パソコンも電話も何もない時間、考えようによっては貴重な時間。一般病室に移ってからも、テレビはあったけど一回も見なかった。(パッドの情報は見たけどね)ただひたすら話していた。生きるか死ぬかの状況ではなかったから、こんなことが言ってられるのだと重々承知の上で、私たちにとっては神様がくれたプレゼントだったのかもしれない。同時に、もう無理はきかないとの戒めでもあるだろう。彼も私も、もう若くない。のんびりゆっくり、私達らしく生きていく術を考えようと思う。


というわけで、2015年は、ゆっくりペースを戻していこうと思う。

お正月は家でのんびり過ごせるといいなあ、年内に退院できることを切に、切に願っている佳です。


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秋から冬へ


あっという間に秋を通り越してもう立冬ですね。寒くなってきました。

この秋を振り返ってみましょう。


まずは夏休みのこと、夏休みといっても9月の中旬ですが。

今年の夏休みは、名古屋から津へ、そして熊野へ行ってきました。

水野たかしは夏休みの初日は京都でライブ、私は2日目の名古屋から、お昼についてちょっと遊んでから、夕方に江口晶さんとHOBOケイスケとのライブのある今池の店で合流しました。とてもいいライブで楽しかった!翌日津へ移動、津ではずっと前に水野と二人でやっていた“ぐし”というギタリストがライブを設定してくれました。これが何とも不思議な場所で、海辺にある使わなくなった倉庫のようなところの中にある雰囲気抜群のライブハウス、その名も「ええかげん」。結構知る人ぞ知るお店らしい。この日は何十年ぶりでぐしにギターを弾いてもらって、味のあるステージを見られました。

うちの場合、大体ライブ前は別行動で、私は一人で遊びに行くことにしています。名古屋ではノリタケの森でお皿の絵付け体験をし、津では三重県立美術館へ行ってきました。どっちもなかなかよかったですよ。


さてこれからが夏休み、熊野へ行きました!すっごくよかった!!

津からは紀勢本線で、特急は日に2本くらいしかないので、これしかないという電車に乗って紀伊勝浦へ。今回は泊まりは紀伊勝浦にしました。ギターとかあるし、同じところに連泊じゃないと無理だから。熊野は何せ交通が不便、ほぼバスで動きます。ネットでいろいろ調べて、ここでこのバスに乗るしかないという決まり方。熊野一日目、お昼からバスで熊野那智大社へ。大門坂からちょっとだけ古道歩きを楽しみます。置いてあった木の杖の力を借りながら歩きました。結構大変、でもすごく素敵な道でした。那智大社と那智の滝を回り、夕食は紀伊勝浦の居酒屋さんで。これがおいしくて、特にマグロは絶品。次の日はバスで新宮方面へ、熊野速玉大社から神倉神社、浮島の森を散策。凄かったのが神倉神社です。ゴトビキ岩という岩がご神体なのですが、そこまで上る石段の急なこと、うっ怖いと思いながら必死で登ったのですが、地元の女の方が話しかけてくれて、ついこの間も観光客が3人落ちて救急車で運ばれたよと…その方は」ロングスカートのすそを持ち、日傘をさしてスイスイ登っていきます。熊野の人は恐るべしと思いました。なんでも、この神社は熊野の神々が最初に降りてきた地だそうです。御利益あるかな。新宮からバスに1時間半ほど乗って熊野本宮へ、もうここは人間の場所じゃない感じ、風情があります。そこここに神様か怨霊か、何かいそうな場所、いいなあ。本宮からバスで勝浦へ帰り、この日の夕食はお肉、熊野牛の焼き肉、これもとてつもなく美味。翌日は、お昼ごはんにこれ食べなきゃということでまぐろ丼を食べて熊野を後にしました。できることなら、半年くらい熊野にいたいなあと思いながら帰りました。


東京に帰ってすぐに「カンタティモール」の上映会、船岡辰哉さんのライブ。10月になり2周年記念の水野たかしカンパニー大演会、演奏と宴会を兼ねて盛り上がりました。この間、ギャラリー展示「白と黒と少しの光と copa展」と高円寺フェスのアートミュージアム先行展示ということで「kobayashi hiromi」の展示。モノトーンのボールペン画や墨の作品と、画鋲で穴をあけて後ろから光を当てた点描のような作品のkopaさんの繊細さと、ほっこり笑えるフェルト小物、トウモロコシやお米の一粒にも顔があり思わずみんなが笑顔になるようなhiromiさんの作品が対照的でした。


そして11月1・2日は高円寺フェス。昨年は夫がストリートに歌いに行っただけでしたが、今年は炎の雫として積極的に参加しました。お店ではライブを、「まひるの唄会」と称して、2日間で12人の人に歌ってもらいました。一人30分ずつ、個性的で実力ある面々、いずれも聴きごたえがあって楽しかった!! 午後の4時間があっという間でした。

お店の片隅では、kobayshi hiromiさんの販売ブースを作り、ライブの合間に彼女とお話して、キノコバッチやお米バッチなどを買って帰る方も。また、カウンターの端には、高円寺フェスの100円企画でコーヒー豆の挽いたもの・3杯分100円(コーヒーメーカーで入れるなら5杯分はOK)、「カンタ!ティモール」の上映会の江口さんからお預かりしているアクリルたわし・通常150円をこの日は100円で、ついでにおにぎりとパウンドケーキ一切れも100円で置いてみました。パラパラと売れてました。そして、高円寺フェスのメイン企画・スタンプラリーにも参加、炎の雫は「めがね」でした。しりとりになっているので、みなさん真剣に探してきます。システマチックに取り組んでいるでいる家族もいました。黙ってスタンプを押していく人、ちゃんと挨拶していく人、まあ、いろんな人がいるんだなと思いましたよ。特に子供を見ると、そのおうちがわかりますね、いろいろ勉強になりました。中には、スタンプを押しに来て、ちょっと聞いてもいいですか?とライブを聞いて下さった方もいました。何だかんだで、いろいろ楽しめた高円寺フェスの2日間でした。


そんなこんなで、この秋は駆け足で過ぎていった感じです。

その間に、私としては、児童館のお祭りがあったり、わが第2の母校・東北福祉大のお手伝いがあったり、忙しかったな。それでブログもサボってたわけです。なあんてね。


そして気が付けば、もう木枯らし1号も吹き、秋から冬へと季節は移りつつあります。

もうクリスマスとか年賀状とかいう話題も出て、今年も終わりに近づいているのですね。なんか1年早いな。「カンタ!ティモール」の上映会も、あと2日・4回となりました。まだの方は、お見逃しなく。絶対おススメですよ。(佳)


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寺田町

もう一月ほどたってしまいましたが、ライブ報告を。

 

寺田町とうちの夫・水野たかしは古い付き合い、名古屋のライブハウスで、水野は寺田町のオーディションに立ち会ったという。40年近く経つのだろうか。時は流れ、何故だかうちにあった寺田町の「SONG BOOK」というCDを、何気なくかけた私は、魅せられてしまった。独特な歌いまわし、ハスキーな声で紡がれていく言葉は、キラッ、キラッと輝く。ふっと息を抜きたい時、寺田町のCDを聞くと落ち着いた。それは長い間、静かに続いてきた私のブーム。もう10年くらい前になるか、西荻ではるばる亭という飲み屋をやっていた時も、密かに「SONG BOOK」をかけていたっけ。炎の雫でも、たまにかけたりしている。

 

そして今年、縁が繋がって、炎の雫でライブをやってもらうことになった。私は、本当に楽しみにしていた。8月29日、私は別の仕事でトラブルがあってちょっと遅くなり、リハに立ち会うことはできなかった。だからぶっつけ本番。

 

寺田町がギターを奏で歌いだした瞬間に、世界が変わった。なんだか見えない乗り物に乗って、異空間に連れ去られたようだった。そこはどこか懐かしい場所、でも見たことがないようなところ、ずっと昔みたいな、はるかな未来のような、不思議な感じのするところ。迎えてくれたのは、優しくもの哀しいギターとバイオリンの響き。私はその世界に身をゆだねる。曲によって、風景は変わっていく。バイオリンとギターのやり取り。穏やかな曲には、包み込むように、激しい曲には情熱をあおるように、まさに生の音・生の思いの交感。寺田町の声の力、歌の力の確かさと強さがダイレクトに届く。彼が吟遊詩人と呼ばれる訳を、私は体全体で納得する。彼の呼吸までも感じられる距離、何という素敵なライブだろうか。凄い!表現するというのは、こういうことなんだ。

寺田町の世界に浸り、彼らの奏でる音に翻弄される心地よい時間、あっという間の2時間余だった。

失礼な言い方かもしれないけれど、本当に上質な出し物を、ありがとうございました。

 

 

ライブの中で歌われ、心に残った「割れた爪、荒れた指」という曲が入った「COYOTE」というアルバムを買った。今、私は、繰り返しそれを聞いている。

私の静かなブームは、まだまだ続くだろう。(佳)

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フェアトレード ~「カンタ!ティモール」が取り持つ縁

梅雨が明けたらめちゃくちゃ暑い、猛暑ですね。体がついていけない!皆様、大丈夫ですか?気を付けて!!

 

さて、今日はフェアトレードのお話。フェアトレードをご存じでしょうか?

フェアトレード(公貿易)とは、発展途上国で作られた作物や製品を適正な価格で継続的に取引することによって、生産者の持続的な生活向上を支える仕組みです生産者と消費者が対等な立場で貿易を行い、適正な賃金の支払いや労働環境の整備などを通して生産者の生活向上を図ることが第一の目的です。

 

1946年、アメリカのNGOによってプエルトリコの女性たちが作った手工芸品を本国で販売したのが最初の試みと言われています。1960年代には、イギリスやオランダなどヨーロッパで、手工芸品や砂糖などの販売を通じた途上国支援がはじまっていきました。

日本では1990年代になって知られるようになってきました。

 

私も、フェアトレードの雑貨品やココア・紅茶などを買ったことがあります。たいていは、アジアやアフリカのものを扱う雑貨屋さんで。とっても安くはないけれど、フェアトレードだからと思って買っていました。

よく考えてみれば、ちょっと高いかなと感じるくらいが適正な価格ということなのですね。世の中に出回っているめちゃくちゃ安いものっていうのは、たぶん作った人たちにほとんど利益が還元されていないのでしょう。

 

さて、そのフェアトレードの製品を、炎の雫でも置くことにしました。東ティモールの珈琲とハーブティーとスリランカの紅茶です。きっかけは、「カンタ!ティモール」の上映会。上映会をやっていることを知って、東ティモールやスリランカで援助活動を行っているNPO「パルシック」から、東ティモールの珈琲農園を見学に行くツアーのチラシを置いて欲しいとのアプローチがありました。その後、どうせなら上映会の時にティモール珈琲をだしてみようかということになり、夫が自転車でパルシックに買いにいきました。ついでにお茶も買ってきました。ティモール珈琲はとても飲みやすくて美味しい!ハーブティーは葉っぱをちぎって乾かしたって感じで、ツボクサ&ミントはさわやか、アボカドリーフ&ライムリーフはおなかにいい、どちらも素朴で体に優しいお茶です。紅茶は香り高いスリランカのアールグレー。この4種類の飲み物をメニューに加えることにしました。

 

「カンタ!ティモール」を何度も見ているうちに、なんだかティモールの人たちに親近感が湧いてきました。映画の中で「ティモールのコ-ーヒーはおいしいよ」と言ってた市場のおじさんの顔が浮かびます。ハーブテイーを飲むと、女の人たちがぺちゃくちゃおしゃべりしながら葉っぱをちぎっている様子が見えるような気がします。

実は、映画に出てくる市場の陽気なおばさんが、私の友人になんとなく似ていて、他人とは思えないのです。

今まで、漠然と現地の人のためになるかなぐらいの程度でしか考えていなかったものが、具体的に人の顔が浮かぶと全然違いますね。彼らが、楽しくコーヒーやお茶を作り、それを売ることで生活がちょっとでも楽になればいいなあと願ってしまう私がいます。せめて何かできることがあるのなら、フェアトレードのコーヒーとお茶を飲みむことが支援になるならば、細くても長~く続けていきたいと思います。

 

フェアトレードは「カンタ!ティモール」が取り持つ縁、大切にしたいと思います。皆様も、どうぞお試しください。

そして気に入ったら時々飲んで下さるとうれしいです。(佳)

 

*写真は東ティモールのハーブティー・アボカドリーフ&ライムリーフをポットで入れたものです。

 

★ 「カンタ!ティモール」の上映会、今月は8月16日の土曜日です。今回は、また名古屋から江口晶さんが来てくれて、お話も聞けます。前日15日(金)には、江口さんとながしまりいちさんのライブも予定しています。

ぜひお越しください。

 

 

 

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梅の季節がやってきた。

今年も青梅の出回る季節がやってきました。

青い梅を見かけると、「あ、梅酒つけなくちゃ」と思います。今年は何でつけようかなと考えつつ、材料の調達をします。でも、つける前に、まずやることがある、それは、去年の梅酒を取り出すこと。

 

というわけで、去年つけた梅酒を出しました。

去年は、パープルクィーンというピンクの小梅で作った梅酒と、ウォッカで作った梅酒だったというのを、瓶を見て思い出しました。パープルクィーンはきれいなピンク色の梅酒ができるはずだったのが、なぜか普通の梅酒よりちょっと赤いかなという梅酒になっていました。長く置きすぎたかしら、ピンク色のころに梅を取り出しちゃうべきだったかなと反省。でも、味は柔らかくて美味しい。逆にウォッカの方は、いつもの梅酒より白い感じ。こちらはかなりドライな仕上がりになりました。コップに入れて並べてみると、赤と白という感じです。

そしてもう一つ、去年は梅をリンゴ酢でつけたのでした。こちらはノンアルコール、リンゴ酢100%でつけたので、まさにサワードリンク。まろやかで体によさそう。水や炭酸で割って飲むのはもちろん、酎ハイにちょっと入れてもいいかな。かなり味わいの違う3種類が出来上がったので、試してみてください。

 

さて、今年の梅酒は… オーソドックスなホワイトリカーと、ウィスキーの2種にしました。

そして、2年ぶりに梅干しも、夫が市販品の梅干しでは物足らない、昔のようなしょっぱい梅干しがいいというので、普通より塩多めの梅干しをつけました。青梅も数日追熟すると、黄色くなってプラムのような香り、そうなったらつけ頃というので、梅酒作りから4日後に、氷砂糖を粗塩に変えて仕込みました。おまけに、梅と氷砂糖のみで梅ジュースを小さな瓶に。これであとは待つだけ。梅ジュースは3か月くらいしたら出した方がよいので、忘れないようにしようっと。あ、梅干しは土用頃に干さなくっちゃね。

 

さて、先週の土曜日、梅酒を仕込んでから、映画の上映会でした。

「カンタ!ティモール」のマンスリー上映会の始まり。1月ぶりに見たカンタ!ティモールでしたが、やっぱりいい映画です。改めていろいろ考えることがあり、心を動かされることあり、この映画の力を感じました。今回は江口晶さんは来られなかったので、5月に江口さんが話してくださったことを私がお伝えし、来て下さった方とも、いろいろお話しすることができました。江口さんに報告すると、「この映画のもたらしてくれる出会いはどこまで広がるのだろう」とお返事が。この半年の間に、さらにたくさんの出会いが待っているのかと思うと、わくわくします。まだ見ていない方はぜひ1度見てください。もう見た方、もう1度見てください、必ず新たな発見があり、理解が深まると思います。お待ちしています。次回は7月20日(日)です。(佳)

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映画の連休~「カンタ!ティモール」と「逃げ遅れる人々」

 

 

5月の連休は映画三昧で過ごしました。1日2回ずつ、3日間で6回の上映。映画を見て、話を聞いたり、話をしたりして、人とコミュニケートして、なんだかとても充実した時間、自分の中が少し豊かになったような、幸せな日々でした。

 

5月3日と4日は、「カンタ!ティモール」の上映。前もって見たとき感じたことを、以前にブログに書きましたが、この映画の深さと言ったら…続けて見ても、全然飽きない、それどころか、また見たくなります。最初に見たときに心に飛び込んできた言葉や、印象的な場面は、何度見ても心に残ります。でも、見るたびに、新しくまた大切な言葉が加わっていきます。そうか、こんな場面もあったんだ、こんなこと言ってたんだ、なんで気付かなかったんだろう、と思いながら、それが次から次へと出てくるのです。今度は何に気づくことができるのだろうかと思いながら、毎回新鮮に見せていただきました。今回は、名古屋から来た江口晶さんが、全部の回でお話をし、質問に答えたり、感想を共有したり、歌を歌ったりと丁寧な対応をしてくださいました。江口さんのお話は、映画がつくられた経緯、監督さんのこと、2年前にティモールに行った時のこと、今のティモールの状況、登場人物の現在など、多岐にわたり、質問に応じながら、ティモールの自然や宗教についてなど、話が深まっていきました。エンディングテーマ曲「星降る島」をお客さんと一緒に歌いながら、なんとも暖かい空間ができて、本当にいい上映会となりました。

 

5月5日は、久しぶりの「逃げ遅れる人々~東日本大震災と障害者」の上映をしました。この映画、昨年11月に上映しましたが、この機会にこれもということになりました。久しぶりに見た「逃げ遅れる人々」でしたが、やっぱりいろんな意味で重さも深さもある力のある映画で、見てくださった方も、「知らなかった」「知らなくてすみません」などと、それぞれに衝撃を受けていたようでした。前日までの江口さんを見ていたら、ただ映画を上映するだけではちょっと…と思ってしまい、私がこの映画に出会った時のこと、その時の監督さんのお話を思い出して、上映後にお話をすることにしました。そして夫が、昨年私たちが訪ねた陸前高田のことや、東北の復興のことなどを付け加えました。そしたら、来てくれた方とやり取りができて、なんだか嬉しくて、こんなふうに人と話ができるのっていいなと思いました。

 

この2つの映画、ドキュメンタリー映画という共通項でくくって連続上映にしたのですが、実際にやってみるといろんな共通点があることがわかりました。この3日間に考えたのは、人が生きていくことの重さ・命の大切さ、それを感じ、考えるきっかけになるというだけで、この上映会の意味があったと思っています。映画を見てくださった方が、それぞれの生活の中で、思い出したり、考えたりしてくれればいいなあ、それがこの先、何かにつながっていくのでなないかと思います。もちろん私たちも考え、行動し続けていきたいと思います。

 

というわけで、江口晶さんにお願いし、彼の続けているon the road 企画の東京版ということで、6月から12月まで、「カンタ!ティモール」のマンスリー上映会をやらせていただくことになりました。12月の最終回にはまた江口さんに来ていただいてお話してもらいます。それ以外でも、もしかしたら江口さんが来て下さることもあるかもしれません。お楽しみに。

「カンタ!ティモール」私もまだまだ見たいと思っています。1度見た方も、2度目はまた違う発見があります。2度、3度見てください。実際、名古屋ではリピーターの方も多いそうです。まだ見ていない方は、ぜひぜひ見てください。映画を見て、話をしましょう!お待ちしています。(佳)

 

 

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カンタ!ティモール

東ティモールのことなんて、ほとんど何も知らなかった、この映画を見るまでは。

 

東ティモールってどこ?何かで耳にしたことがあるような、ニュースだったかしら、それとも旅番組だったかしら、そんな程度。のどかな南の楽園?とんでもない!

 

この映画を見て、私はその苦難の歴史と、それに対して長い戦いを闘い抜いたやさしく雄々しい人々のことを初めて知った。そしてそんな自分を深く恥じた。

 

「カンタ!ティモール」は、ある日本人女性がティモールで耳にした歌から始まる旅である。それは若くして独立運動に身を投じた若者が歌う歌。その歌をたずねながら、それは同時に東ティモールの苦しく悲しい歴史をたどる旅となっていく。

 

1975年インドネシアの侵攻によってポルトガル領だった東ティモールは制圧された。国連はそれを占領とみなし非難したが、日本もアメリカ・ヨーロッパも、インドネシアとの関係を重視し、黙認。ティモールの人たちは独立を掲げてインドネシア軍と激しい闘いを長い年月に亘って続づけることになる。その中で、20万人もの人が虐殺されたというサンタクルス事件があり、国連の監督下で行われた住民投票で独立が決まった後のインドネシア軍による破壊と殺戮があり、多くの命が失われていく。

 

この映画に出てくる人たちは、みな家族や友人を、大切な人を失いながら生き延びてきた人たちである。

けれど、彼らは言う、「悲しいけれど、怒っていない」と。彼らは、悲しんでも人を憎まないことを選んだ人々。なんとやさしく、なんと強いのだろう。彼らは軍の兵士を捕えても、決して傷つけず、ただひたすら話をして帰したという、それが長い戦いの間に、密かにティモール独立の支持者を広げることにつながっていった。そんな戦い方を知って、私は強い衝撃を受けた。そして映画の中に出てくる日本、彼らの「日本には何も望んでいない。ただインドネシア軍を支援するのはやめてくれ」という言葉、ODAの名目のもとに殺戮を繰り返す軍の援助をしている現実、まったく知らずにいた私は、本当に恥ずかしいと思った。

 

そんな現実の中だが、ティモールには人々の笑顔があふれている。ラリックと呼ばれる精霊がここかしこに現れ、人々とともにあり、時には導く。誰もがその聖性を信じ、大切にしている。美しい緑の大地には歌声が響く。ギターを持った若者を取り囲み歌う子供たち。子供たちの瞳のなんと美しいことか。その目、その笑顔は、まっすぐに希望へと続いている。いつしか思いは、わが日本へ向かう。かつてはこの日本にもあったはずのもの、さて今はどこへ行ってしまったのか、取り戻せるだろうか、まだ間に合うかもしれない。ティモールの人々には、そんな微かな望みすら抱かせてくれる力があり、この映画にはそのためのヒントがたくさん詰まっている。

 

「カンタ!ティモール」を見て、ある人が言った、元気の出る映画だよ。

「カンタ!ティモール」 勇気をもらえる映画だと、私は思う。 ぜひ見てください!!(佳)

 

★「カンタ!ティモール」上映会とトーク「江口晶・ティモールの旅」 5月3・4日、1:30と18:00、各回15人限定。予定が決まったら予約してください。お待ちしています。

 

「Canta! Timor」 公式サイト:www.canta-timor.com

 

 

 

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歌について考えたこと。

忙しい日常を送っていると、それだけで日々が過ぎていきます。やらなくっちゃならないことがたくさんあって、それに追われている、これが終わったら次はこれ、その次はこれ、という風につながって、気が付けば一日が終わっている。でも時々ふと何してるんだろうと思う時がある。そんな時、私は好きな人の歌を聞きます。そして自分を取り戻す。日常生活を滞りなくこなそうとする私ではなくて、本当の私。考える私、感じる私、何かを創ろうとする私。そんな私があることを確認して、また明日の日常に戻ることができます。歌は生きていくための糧になる。ただし、それが本物の歌であれば。

 

本物の歌、心の刺激になるもの(音楽ライブに限らず、演劇で映画でも絵画でも文学でも)を求めて、若い頃はよく動きました。もともと演劇だったので、年間100本くらい芝居を見たこともあります。行き当たりばったりに入ったライブハウスで、心を揺さぶるような歌を聞けたこともありました。年とともにそういう動きはなかなかできなくなりましたが、今でも何かを求める気持ちは変わりません。炎の雫でライブをやろうということになった時、何かを伝えたいと本気で思っている人に歌ってもらおうと思いました。本気でなければ人の心には届かない、私はそう思っています。

 

先週神戸から来てくれた松濱正樹さんも、本気でやろうとしている一人です。もともとパワーのある人で熱い歌いざまを見せてくれますが、今回はそこに何かが加わっていました。何か思いの強さのようなものが彼の歌に厚みを持たせているように感じました。彼は「声」に特別な思い入れがあるそうです。歌のニュアンスを表現するのは声の力だと語ってくれました。

 

また、今週ライブをしたやなぎさんも本物の歌を聞かせてくれる人です。その歌は、まっすぐに入ってきて私に問いかけます。彼は日本全国を旅しながら歌うことを日常にしていて、それは私たちが送る日常とはまた別の暮らし方で、その中で彼は何かを得て、時には何かを失って、そういうことすべてが歌になっていく、その様を見つめながら、私は今何をしているのかと考えたりする、そんな特別な時間を過ごすことができます。

 

ライブ・生演奏というのは非日常の時間です。そこは、特別な空気の感じられる特別な場。明日から生きていくための糧になる、そんな場であってほしい。そのためには、演る側は、本気で、真摯であってほしいと思います。炎の雫ではそういうライブをやっていきたいと思っています。(佳)

 

 

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「ごはんの会」続けています。

このブログの初めのころに一度書きましたが、「ごはんの会って何?」と思っている方もいらっしゃるかと思い、久しぶりに書いてみます。

 

「ごはんの会」は特別支援学校を卒業し、作業所で働く知的障害を持つ若者たちと、それに関わってきた大人たちが、集まって一緒にごはんを作って食べるランチ会です。基本的に2か月に1度行っています。

私たちは、彼らが中学・高校の6年間、学校に迎えに行き、おやつを食べ、放課後活動をしてきました。夏休みなどの学校のないときは、朝から夕方まで一緒に過ごし、昼ご飯を作って食べたり、お出かけしたりしていました。去年高校を卒業し、その後もみんなに会いたいね、また調理したいなという声があり、それを受けて始めたものです。

 

実は2月の1回目の大雪の次の日に予定されていましたが、足元が悪くて危険なので延期にしました。そして、1か月後の3月9日(日)に開催されました。

 

この日の参加は総勢10人。

メニューは、けんちん汁・牛肉のソテー生野菜添え・おにぎり(鮭・シラスと青菜・昆布の3種)、デザートにロールケーキにフルーツと生クリームを添えて。

調理はまず野菜の下拵えから。包丁を持てる人は大根・人参などの野菜やお肉・厚揚げなどを切ります。刃物が苦手な人は、手でやる作業。生野菜やこんにゃくをちぎる、トマトやイチゴのへた取り、フルーツの缶詰をあけるなどを分担してやります。けんちん汁を煮ている間におにぎりづくり。みんなでラップでギュッ、ギュッ握ります。三角や丸や、なんだかハートっぽい形、大きいの、小さいのなどなどいろいろ楽しいおにぎりが並びました。お肉はホットプレートで焼き、ワンプレートに盛り付けデザートは各自好きな果物を取り、クリームで飾りました。

ゆっくり時間をかけて食事をします。この日はメンバーの一人が19歳のお誕生日だったので、みんなでお祝いしました。

 

食後はいつもお話と歌の時間です。。絵本を1冊読み、歌を歌ったり簡単なダンスをします。歌は声と手話と両方で歌います。彼らは6年間なじんできた歌を、今でもしっかり覚えていて、大きな声で歌ったり、手を動かしたりしながら、ほんとに楽しそう、こちらもうれしくなります。お迎えを待つ間は、それぞれが好きな本を見たりして過ごします。

ワイワイにぎやか、でもゆったりと和やかなごはんの会、みんなの楽しそうな顔が一番のご馳走かもしれません。

 

ごはんの会は、偶数月の第2日曜に開催予定、その時は、炎の雫は午後2時からの営業となります。どうぞご協力をお願いします。(佳)

 

 

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「語り歌」

 

久しぶりのライブ報告を。

228日(金)、館野公一・語り歌ライブがありました。

 

「語り歌」は館野さん独自のものです。私が初めて聞いたのは、岩手でやなぎさんが主宰した野外ライブ、今まで聞いたことがないタイプの音楽でとても新鮮でした。

 

この日のライブは、まずマンドリンの弾き語りから。数曲目から本領発揮の語り歌へ。

物語があり、歌と語りで紡がれていく、スートリーを追いながら、情景が見えてきて、その中に引き込まれていきます。その物語は、時に小説を読むように、時にメロディーとともに、時には話芸を聞くように、私の中に流れ込んできます。音楽のライブを聞くのとはちょっと違った感覚です。

 

物語は多彩です。

「箪笥」は、まるで落語のような左甚五郎の箪笥の話。ちゃんと落ちがあって楽しいお話です。

「小梅」は、20年以上飼った猫の話。小学生のお嬢さんについてきてから長い年月をともに過ごした猫が亡くなるまでを描いたせつない歌です。

「豚のごはん」は、コンビニのお弁当を餌にした豚から生まれた子豚が育たなくなったことを歌っています。怖い話です。

私が一番好きなのは「海辺のフォトグラファー」という曲、水俣で写真を撮り続けた外人の写真家を歌った曲、この曲は初めて聞いた時から心に残っていました。いろんな思いが湧き上がってきて、何とも言えない気持ちになる、凄いなと思います。確実に人の心に何かを伝える力を持った曲だと感じます。

 

この他、カバー曲さえ、しっかり語り歌になっています。お客さんとのやり取りも自然で、心地よい空間ができていきました。最後は水野がギターで入り、それもまたいい感じでした。

 

さて、この日のライブを見て、考えました。ライブって何だろうって。

何かを伝えたいという思いを持った人がステージに立ち、それをしっかと見届けて受け取る人がいて、そこに生まれてくるものがある、 それがライブ、生の触れ合い。そういう場をこそ、私は求めているのだと、改めて認識しました。そう実感できることは、そうそうあるものじゃないとわかっていますが、でも敢えて求め続けたいと思います。何かを伝えたい、何かを受け取りたい、そんな思いを持った人にたくさん出会いたいですね。

この日のライブに来てくれた私の友人からのメールに、「発信しなければ何も生まれない」とありました。

まさにその通り、発信し続けていきたいと思います。 なんて考えた夜でした。 

 

 

ところで本番が始まる前に、ふらっと町に出た館野さん、紅梅の枝を買ってきてくれました。なんだか粋ですねえ。

春はすぐそこかな。 (佳)

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東京の吹雪体験

いつの間にか1月が過ぎ、もう2月と思ったら、東京に大雪が降りました!

 

昨日は、私の第2の母校である東北福祉大の東京でのスクーリングのお手伝いで、お台場方面にいました。

朝起きると、もう雪が積もっています。私は受付として遅れるわけにはいかないので、7時前に家を出ました。ゆりかもめは止まりそうなので、りんかい線を使って東京テレポートの駅から歩きました。朝はすんなり行けました。実はゆりかもめも動いていました。でも雪はどんどん降り積もっていきます。お昼前にはゆりかもめが止まったとの情報。なんとなく不安になっていきます。午後になると、雪は横に流れていく降り方に。3時半ころから、ゆりかもめ以外の電車も止まり始めました。スクーリングは夕方の4:40終了、その時点ではりんかい線と山手線は動いているとの情報。(実は情報源は炎の雫にいたうちの夫、メールで電車の状況を伝えてくれて助かりました!お店暇だったみたいです。)学生さんたちに、できるだけ情報をお伝えし、片づけをして会場の国際学生交流館・プラザ平成を出ました。

 

会館の前の道は雪が深く積もっています。降る雪は吹雪みたい、視界は真っ白。仙台から来た先生も驚く大雪です。歩くうちに、雪はまるで礫のようになり、強い風に吹きつけられて顔にあたると痛い、痛い。時折吹く突風に傘は飛ばされ、傘をさすのは諦めました。ダイバーシティーの辺りに来ると、道端に壊れたビニール傘が点々と捨てられています。人通りも少ないし、景色が全く変わっていて、朝通ったのと同じ道とは思えません。朝は下の道を歩いて行ったのですが、歩道橋の通路があり、半分屋根があるので、そっちの方がいいかなと上がって、違う方に降りてしまい、方向がわからなくなって遭難しそうになりました。実は、朝友人から「遭難しないようにね」というメールをもらって、〈なに言ってんの〉と思ったのですが、冗談じゃなくほんとになりそうでした。通りかかった人に駅を教えてもらいましたが、東京のお台場でこんな体験するなんて、びっくりでした。そのあとは地下鉄を乗り継いで帰りましたが、新高円寺の駅を降りて、またびっくり。完全に雪国になってました。

 

実は9日はごはんの会の予定でしたが、これでは来るのも危険なので延期にすることにして、みんなに連絡したりしていたら、夫がお店から歩いて帰宅しました。自転車は雪に埋もれて凍り付いているので置いてきたそう。炎の雫の窓の外にある室外機の上には30センチ以上の雪が積もっていると言います。ほんとに大雪になりました。これほど降ったのは、私が大人になってからはないんじゃないかと思います。しばらく後遺症がありそうですね。

 

一夜明けて、今日はいいお天気。うちの前は、2階に住む小学生の兄弟がすっごく頑張って雪掻きをしてくれて、出入りに支障なくなっています。ふと見ると、雪だるまがいます。ちょっとシュールな顔つきの雪だるま、彼らが作ったのかな。その顔をを見ながら、選挙に行かなくちゃと思っている日曜の午後です。(佳)

 

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2014年の始まりは…

お正月は、例年通り駅伝にはまり、のんびり過ごしました。

2日には、なぜか夫が初詣に行こうと言い出し、妙法寺へ。入り口の門のところから本堂までお参りの人が並んでいてびっくり。いつもは4日ころに行くので、3が日は混んでいるんだなあと実感。和太鼓のパフォーマンスなんかもやってました。

うちのみんなはお雑煮好きなので、4日までおせちとお雑煮を食べました。

 

さて、パソコンでも見ようかなと思ったら、突然できなくなっちゃって大変!どうやっても私のところに入れなくなっちゃって使えません。新年早々なんてこと、いろいろやったけど、不調です。どうしようと騒いでいたら、息子が余ってるパソコンを出してくれたのですが、つながなくちゃ使えないし、タッチパネルで使い方は分からないし、もう大変です。しばらく大変そう。

 

6日から児童館の仕事も始まりましたが、そのころから寒い!!元日とかはあったかかったのにね。初日は一番寒い部屋にずっといる羽目になり、しんしんと寒思いをしました。北の方では大雪、今年は東京でも雪が降りそうです。

 

さて10日は炎の雫・2014年の初ライブ、「シモソウ・ほりちえ二人会」。出演者は20代と30代の若い二人、たくさんのお客様が来てくださり、楽しい楽しいライブ、思わず笑っちゃうことも多くて、年の始めにふさわしいライブでした。

 

そして昨日11日は、ZEPP東京にライブを見に行きました。もう長いことそういうところには行ったことがないので、ちょっとドキドキしましたが、面白かった!見たのは、最近私がはまっているamazarashiという青森のバンド。満員のお客さんが固唾を飲んで身動き一つせずに聴く、ボーカルの秋田ひろむはMCなど一切せずにただひたすら歌い続ける。映し出される映像は、実写あり、影絵あり、アニメあり、言葉あり。スタンディングで足は痛くなったけど、なんだかはるか昔の状況劇場のテント芝居を思い出しました。肉体的にはきついけど、魂が喜んでいる感じがして、ちょっと嬉しかった。

そんなこんなで、結構いろいろあった2014年の始まり、いい年になりますように。

 

さて、次のライブは18日(土曜日) 水野たかし&辻邦博のDuoの7回目です。どうぞお越しください。

また、年明けから、日替わりサービスコーヒー300円というのを始めました。ちょっと時間が空いたとき、コーヒーでほっと一息ついて下さいね。ご来店をお待ちしています。(佳)

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大晦日…

あっという間に大晦日です。今年1年ありがとうございました。

10月の一周年記念月間から11月の映画上映と田中佑芽さんの作品展、なんだかわさわさ過ごし、12月になって児童館の仕事の方で行事続きで忙しく、気がつけば2013年最後の日となりました。

 

2013年は1月の「陸前高田・海の写真展」から始まりました。なんだか遠い昔のようですが、今年のことだったんですね。

写真展の小野さんは最終日にトークショーも行ってくれました。それをご縁に、夏には陸前高田にも行きました。

 

その他のイベントは、「田中佑芽・作品展」、あったかいイラストと墨で書いた言葉が印象的な楽しい作品展でした。

また、ドキュメンタリー映画「逃げ遅れる人々」の上映会は、このスペースでできるだろうかと思いながらの開催でしたが、けっこういい感じで上映会ができることがわかりました。ごはんの会のメンバーも見に来てくれて嬉しかった。

私の個人的な企画である「ごはんの会」(障害を持つ若者たちとごはんを作って食べるランチ会)も5月に始め、5回開催しました。

 

音楽ライブは19回行いました。

出演してくれた方は14組(ゲスト含む)。ほとんど生音・生歌のライブでした。

生の音っていいですね。じんわりと包まれていき、体に沁みこんでくる感じがします。

炎の雫では、世のライブハウスに逆行し、1人の方にできるだけじっくりと歌ってもらってその人の世界に浸ってもらいたいとの思いから、ワンマンまたはその人の企画でゲストを呼んでもらう形でやることにしています。こんな風に聞けるところは、今なかなかないので、聴く側にはお得だと思います。演る側は大変かもしれませんが、実際にやってみると、みなさんたっぷり1時間~2時間聴かせてくれる実力者揃い、毎回ライブを堪能させてもらっています。

これからも、こういう形で続けていきたいと思っています。我こそはと思う方、いらっしゃいましたらご連絡ください。

 

さて、22日には、ながしまりいちと水野たかしで、今年のライブを〆ました。ながしまりいちの熱い歌に、中山幸ちゃんのパーカッションとハーモニー、そして水野たかしのギターが加わり、お客様も盛り上がって、賑やかな年の瀬の〆ができました。

 

ここ3日は、片付けと掃除・洗濯に追われています。

大晦日、みなさんそれぞれ予定があることと思いますが、くれぐれも飲み過ぎて事故にあったりしないように気をつけてください。

うちの夫が一番危ないかな、稲生座から無事に帰ってきてくれることを祈りつつ、私は静かに行く年を送りたいと思います。

どうぞ良いお年を。(佳)

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人それぞれ好みは違う。

田中佑芽さんの作品展を見に来てくれた方たち。

人によって反応がいろいろ違って面白いです。

同じ人が描いたと思えないと言う人がいるかと思うと、全体を見て色のトーンの統一性を感じる人もいる。言葉に引っかかる人も、絵の色彩や形に引っかかる人もいます。ひとつの作品に惹きつけられて、私はどうしてもこれがいいと言う人がいる。

感じ方もいろいろ。かわいいとか、あったかいとか、おもしろいとか、笑っちゃうとか、ガーンときたとか…。ほんとうに人それぞれ、感じ方が違い、好みが違うことがよくわかります。

ポストカードの売れ方がそれを裏付けています。作品展開始から10日ほどで、22種類・41枚のカードが売れました。一番売れているのは猫のカード、でもあとはバラバラ、複数売れているのが12種類あります。カードを買うとき、このカードを○○さんに出そうと決めて選ぶ方が結構いらっしゃいます。なんだか誰かに送りたくなるカードなのでしょうね。メール全盛の昨今ですが、たまにはカードに一言添えて送るのもいいなあと思わせてくれる、佑芽さんの作品にはそんな暖かさがあります。

作品展はあと10日ほど、できるだけ多くの方に見ていただけたらいいなと思っています。(佳)

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忙しい秋

この秋は、なんだか忙しい日々を過ごしています。

10月は炎の雫1周年ということで、ライブを増やしました。101ヶ月に4本やりました。

長い付き合いのミュージシャンのライブが2本。都会的でおしゃれなライブを見せてくれた「神楽亭」、土着的な匂いと和の雰囲気で日本人のDNAを感じさせる「KALAS」、図らずも対照的なライブでした。それに家の長男・水野裕志のレコ発ライブ。今回のCD は水野たかしがプロデュース、かなりの部分を定休日の炎の雫で録音しました。この日は、ジャケットの絵の原画も展示し、ワンプレートの軽食付きで、いつもよりぐっと若いお客さん達で新鮮でした。10月最終日は水野たかしのソロ、弾き語りの後、自身のバンド(水野たかしカンパニー)のギター・小幡君とドラム・きんちゃん(この日はパーカッションで)、そして1周年だからと駆けつけてくれたやなぎさんがフィドルで加わり、和やかな楽しいライブでした。アコースティックな楽器と生の歌声、私は大好きです。

 

一方久しぶりの展示の企画も。水野のライブの日から、「田中佑芽作品展」が開始。この作品展について、1か月ちょっと前からメールでお父様とやり取りし、チラシを作ったり準備を進めてきました。作品が届いたとき、夫と二人で箱を開け、一つ一つ作品を見ながら「これいいね」「これかわい」「こっちはおもしろい」「そうだよね」と盛り上がってしまいました。どれも味のある、楽しい作品ばかり、これはできるだけたくさんの人に見てほしいと、心から思いました。さらにドキュメンタリー映画の上映会も企画、これは11月に4回設定、都合がつかないけれど見たい!という人のリクエストにこたえて、さらに1回追加して5回にしました。こちらの準備も、監督とのやり取りやチラシ作りに宣伝活動、なんだかとっても忙しい。映画もぜひいろんな人に見て考えてほしい、両方のチラシを添付して友達にメールしたり、近隣のお店に貼ってもらったり、中通り商店会の会長のところにも持って行っちゃいました。10月末には高円寺フェスもあり、夫はライブをしに行ったり、高円寺フェスだからお菓子も作ろうとタルトタタン(りんごのタルト)を作ったりもしたものだからさらに忙しかった気がします。

 

そして11月になって、忙しさはまだ続いています。

佑芽さんの作品展は好評で、見てくださった方がそれぞれにあったかい気持ちになってくださっています。ポストカードも少しずつ売れています。ノートに感想や思いを綴っていただき、会期が終了し作品をお返しするときにゆめさんに送るつもりです。これからいらっしゃる方も、ぜひ一言書いてください。まだ見ていない方、こんな素敵な作品なかなか見られないですよ、ぜひ見に来てね。

映画の方は、と言うと、一昨日、昨日と2回上映会をやったところです。幡ヶ谷36.5°のマスターのぶさんが映写機とスクリーンをバイクで持ってきてくれました。ライブの時とは反対に、入口側にスクリーンを設置、これがマイクスタンドをのばしてそれに引っかけるというやり方。でも結構ちゃんとした上映会になりました。内容について語るのは止めましょう。東日本大震災で被災した障害者とその支援をした人たちが、その時どうしたのか、今どうしているのか、映画を見て知り、感じ、考えてください。昨日見てくれた方は「今日来て良かった」と言って帰られました。 1回追加したのであと3回上映会があります。1人でも多くの方の参加をお待ちしています。

 

1114日(木)には「やなぎソロライブ」もあります。やなぎさんは岩手県在住、震災後折に触れて被災地のことを語り、唄ってきました。今は、被災地の人から聞いた話を歌にして全国各地で歌っています。こちらもぜひ一度聞いてみてほしいライブです。

まだまだ忙しさが続く11月になりそうです。(佳)

 

続きに写真あり

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映画上映会と「田中佑芽・作品展」

 

炎の雫、1年経ちました。短かったような、長かったような、いろいろあった1年でした。

試行錯誤の1年でもありました。そうして、今、初心に帰ろうと思います。そもそも、炎の雫は、発信する場でありたい、いろんな表現活動をやろうとしている人たちを応援する場でありたいとの思いをもってスタートしました。それを実践するのは、なかなか難しいと身をもって知りました。でも、やっぱり、そうありたいと、夫と二人で確認し、気持ちを新たに続けていこうと思います。どうぞ、今後共よろしくお願いします。

 

というわけで、1年を機に、イベント企画の幅を広げていこうと思います。

第1弾として、映画上映会を行います。きっかけは、私の職場・児童館の関係で、この映画を見たことにありました。「逃げ遅れる人々~東日本大震災と障害者」というドキュメンタリー映画の上映会と監督とのトークの企画に参加、考えさせられることがたくさんありました。監督が、「自分は障害のある人といろんな関わりを持ってきたのに、震災の時、彼らのことなど思い出しもしなかった。そういえば障害のある人たちはどうしていたのだろうと思ったのは、ずいぶんたってからでした。」と言いました。多くの人がそうでしょう。そんな中で、あの時から何が起きていて、どう続いているのか、まずはそれを知ることが必要なのではないか、という思いを強く持ちました。炎の雫でも上映会ができないかな、そういえば、家の息子が働いているライブハウス『36.5°』にDVDの映写機があったことを思い出し、マスターのノブさんに相談すると、快く貸してくれることになり、上映会が実現することになりました。11月に、曜日をバラバラにして4回やります。ひとりでも多くの方に見て欲しい、そしてそれぞれに考えて欲しいと思っています。どうぞ足を運んでください。

 

それと並行して、ギャラリーでの展示の話も進めていました。展示は、今まで、「スワヒロミ・影絵人形展」と「陸前高田海の写真展(小野文広浩)」をやっています。ずっと展示の企画も探しているのですが、なかなかなくて…。そんな時、夫が何回か歌いに行っている滋賀の太子ホールをやっている方のお嬢さんの作品を、夫のフェイスブックで目にしました。絵と言葉、なんだかあったかい感じでいいなと思いました。それが田中佑芽さんです。ゆめさんは、障害者作業施設に在籍し、工房のアトリエで作品を制作しています。聞けば、時々展覧会をやったりしているとか、それなら炎の雫で展示してくれないか聞いてみようということになり、ご本人も喜んでくれて、話が決まりました。どうせなら、映画上映と同時期に、来てくださった方に見て欲しいと思い、10月31日から4週間、11月26日までとなりました。(ちなみに10月31日は、1周年記念の水野たかしのライブです)ポストカードの販売も行う予定ですので、お楽しみに。

 

そんなこんなでこれからの炎の雫、皆様に何かを発信し続けていけるように、頑張りたいと思います。

よろしくお願いします。(佳)

 

*映画上映会・田中佑芽作品展  詳細は《イベントのお知らせ》を後覧下さい。

 

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夏休み・陸前高田と東北

829日から夏休みをいただき東北へ行ってきました。

1月に「陸前高田・海の写真展」をやってくれた小野さんに会いに陸前高田へ行こうというのが発端。小野さんが高田でやなぎ&水野たかしのライブを企画してくれました。場所は「Jazz Time ジョニー」というお店、津波で流されたけど、テントでガスコンロとフライパン1つの営業から再開、現在は仮設の店舗です。31日(土)の夕方、やなぎさんの車でジョニーへ、名物と言われるスパゲッティ(焼きスパゲッティというのがぴったりのぱりっとした食感が美味しい!ここでしか食べられない味)を食べてライブに臨みました。

700前からお客様が来始め、開始頃にはいい感じに客席も埋まりました。企画者である小野さんの挨拶のあと、やなぎ、水野が歌いました。なかなかない機会なのでと、やなぎの曲に水野のギターが入ったり、水野の曲にやなぎのフィドルやドブロなどという楽器が入ったりと普段見られない場面もあったりして楽しくステージが展開、ゆったりとしたいいライブになりました。そしてライブ終了後、小野さんはお店と相談して打ち上げまで企画してくれていました。海鮮サラダ、大きなじゃがいもが美味しそうな煮物、きのこのおこわ、魚の煮付け、そうめん…次々に出てくるお料理の豪華なこと。どれもみんな美味しくて大感激。その席で私は、ジョニーのママの由紀子さんとお話し、震災から今までのいろんなこと、たくさんの思いを聞きました。穏やかな笑顔の後ろに、どれだけの大変さがあったのだろうかと胸がいっぱいになりました。その夜は、小野さんのお友達の家に泊めてもらいました。被災後頑張って家を建てたという新築のお家、入ると木の香りがするログハウス風の素敵な家。もうちょっと飲みますか、と出てきたのはうにの塩漬け、おいしい!津波でご家族を亡くされ、今は一人暮らしだそうで、人が集まる場所が欲しかったのでしょうか、ウッドデッキも作ってあって、明日はバーベキューをしましょうと。次の日、起きると「水野さんは休みの日は昼からビールとか飲まないですか?」「いいですねぇ」とお昼前からビールを飲み、近くの仮説住宅に住んでいる小野さんもやってきて、バーベキューを楽しみました。それから小野さんが車で陸前高田を案内して下さいました。駅があったところ、駅前大通り、町だったところ、今はなんにも無くなって緑の草が茂り、そこかしこにブルドーザーやシャベルカー。町全部持って行ってしまった津波の力、すごいと思いながらも想像がつかない。すべてを受け入れてそこで生きている人たちの強さに頭が下がります。少しでも早く、彼らに当たり前の日常が戻りますように、決して癒えることのない悲しみを抱えていたとしても、平穏な時が訪れますようにと、祈ることしかできません。東北の人たちの暖かさともてなしの心が胸に沁みた陸前高田の旅でした。 ( 続きあり、写真も)

 高田以外のことも少し報告します。ライブはまず仙台「サテンドール2000」、次の日は盛岡の「クロスロード」どちらも魅力的なマスターのいる雰囲気のあるお店でした。盛岡のあと陸前高田へ行き、それから釜石へ行きました。これは予定にはなかったのですが、高田のライブを見に来てくれた中野在住・釜石へ出張中の「たこボー」が、明日釜石でライブだというので、一緒にやらせてもらうことになったもの。期せずして釜石ラーメンも食べられました。その晩、水野とやなぎさんは夜を徹して語りあっていました。私は寝たけどね。

その次の日はやなぎさんと別れ、二人で北上で一泊。小さな飲み屋さんで、おいしい肴と岩手のおいしいお酒を。飲んだのは男山(これは最近田酒の杜氏だった方が移ってきてとても美味しくなったお酒だとか)、堀の井(安くておいしい酒として一番のおすすめだそう)。おつまみに前沢牛のたたきを頼んだら、ホントにとろける美味。食べ物みんなおいしくて感動です。お店の常連さんでしょうか、岩手の酒蔵全部教えてくれて、そんな会話も楽しくて、いい感じでゆっくり飲むことができました。ほろ酔い気分でゆらゆら歩く心地よさも久しぶりでした。最後の日は、北上展勝地へ。私が行きたかった利根山行人記念美術館という小さな美術館へ行き、市立博物館とみちのく自然村をゆっくり歩きました。そこで、水野はとろろ蕎麦を、私は揚げおろし餅を食べたのですが、これがまたびっくりする美味しさ。岩手の旅は美味しい旅でした。行きたいと思って行けなかったところもあるので、また行きたいな。(佳)

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阿波踊りの日のながしまりいちライブ

8月24日(土) 第57回 高円寺阿波踊りの1日目に、ながしまりいちwith中山幸のライブでした。「ながしまさん、その日は阿波踊りだけど…」、「それも一興」とのやりとりで決行となりました。当日、高円寺駅は南口にしか降りられなくて、ぐるっと遠回りしてまずパーカッションの幸ちゃんが到着、高円寺の駅のホームに降り立ってから20分かかったそう。まもなくながしまさんが幸ちゃんとは違うルートでやっぱり遠回りして来ました。軽くリハをして、二人は燃料補給のお散歩へ、その間に到着したお客様も、高円寺駅に着いた途端、「しまった、今日は阿波踊りだったか、来るんじゃなかった」と思ったと。

 そんなこんなで、ライブが始まったのが7時40分過ぎ。今日はマイクもアンプも無しの完全生音・生歌。ギター1本ですっくと立ったながしまりいちは、潔くてかっこいい。私はながしまさんのアコースティックのライブを聞くのは久しぶりでした。懐かしい歌、新しい歌、ながしまさんの力強い歌声に幸ちゃんのパーカッションとコーラスが絶妙に絡みます。時に語り、お客さんともやり取りしながら、次々に歌い継ぐその姿に魅了されていきました。短い休憩を挟んでほぼ2時間、たっぷり歌ってくれました。最後は、10年以上前のレコーディングの時以来という水野たかしのギターも加わって、ながしまりいちの世界を堪能することができました。

 今、世間ではライブというといくつかのバンドが出るのが当たり前、ひどいところは5バンドもあったりして、それだと演奏時間が30分もない、それにまったく違うタイプのバンドが対バンだったりすると、せっかく行ったのにかえって嫌な気になったり、私はそんなライブを見る気がしなくて、炎の雫では、一人の人の歌をじっくり聞くライブをと考えています。そんな私たちの思いを、まさに具現化してくれたのが、昨日のながしまりいちのライブだったと思います。本当にいいライブでした。

 さて翌日の今日は阿波踊りの最終日、あいにくの小雨交じりのお天気ですが、かえって涼しくてよかったかも。本物の阿波踊りは5時スタートですが、そのまえに中通りでは踊りの披露がありました。ちょうど炎の雫の下の店の前で、舞蝶連が歩き踊りではなく、舞台踊りのように留まって見せる踊りを踊っていました。ソロの踊りもあったりして面白かった!今年の阿波踊り、踊りの連は106、踊り手1万人、観客100万人と言われていましたが、お天気のせいでちょっと人は少なめかも。夏の終わりを告げる阿波踊りです。(佳)

*続きに写真あり

 

8月24日 炎の雫にて

高円寺阿波踊り 8月25日 写真は いろは連

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みたらし団子

8月4日の日曜日、ごはんの会。前にも書いたように、知的障害を持つ若者たちとごはんを作って食べる会です。今回は、夏なので冷やしうどん、それに煮物とみたらし団子を作りました。

これがなかなk美味しかったので、レシピをご紹介します。

 

お団子は、白玉粉と上新粉を混ぜ、そこに絹ごし豆腐とお砂糖を少々を入れて練ります。硬さを見ながら水を少し足して、耳たぶくらいのやわらかさに。それを手のひらでコロコロと丸め、沸騰したお湯に入れて、浮いてきたら冷水に取ります。みたらしあんは、お砂糖とお醤油、片栗粉でとろみをつけてお団子にかけます。ごはんの会では、参加者全員でお団子を丸め、小さいのや大きのやいろいろできてとても楽しかった!小さいお子さんがいる方、夏休みの時間のある時にやってみて下さい。楽しいですよ。出来たお団子を串に刺してちょっと焼けば、もっとらしくなります。お試しあれ。(佳)

 

今回のレシピ                         ちゃんとしたレシピ(4人分)

白玉粉 200g                         白玉粉 60g                        

上新粉 200g                         上新粉 40g

絹ごし豆腐1丁                         絹ごし豆腐 100g

砂糖、水 適当                         タレ 砂糖大さじ8 醤油大さじ2 

タレ 砂糖、醤油を3:1くらいで水でとく              水100cc 片栗粉おさじ1

   片栗粉でとろみを付ける

 

*レシピをもとに結構適当に作りましたが、全然OKでした。粉残すのもねェと思ってみんな入れちゃったけど、かえってもちもちした感じになったし、タレもお砂糖多いかなとちょっとお醤油の割合を増やしました。でもね、子どもたちがお団子をお玉ですくって器に入れるとき、どうしてもお水が入ってしまい、タレがちょっと薄まって、あっさりした感じになりました。

  ですが美味しかったです。

  (写真はこの日の昼食、右の器に入っているのがみたらし団子です。)

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この夏は…

あっという間に7月も終わりに近づいています。

7月7日に初のの試みの夕方ライブをやり、バラードの曲の途中で雷が鳴ったりしたけど、ワンプレート付きの早い時間のライブは、ゆったりした感じで概ね好評でした。一昨日はやなぎさんの炎の雫での2回目のライブ。私が感動した新曲も聞けて、嬉しい夜でした。

今年の夏は、ものすごい暑さで始まり、突然涼しい日があったり、ゲリラ豪雨があったり、不安定ですね。昨日は、やっぱり雷と雨で、隅田川の花火大会も、うちの近くの小学校の盆踊りも、途中で中止になりました。個人的には、夏休みになったので、私の仕事(学童クラブ)は朝から子供たちがやってきます。気合を入れて頑張らなくちゃならない時期に入りました。

 

ところで、この夏は、8月の終りから9月の初めにかけて、1週間お休みをいただいて夫と二人で東北へ行ってきます。

今年の初め、写真展をやってくれた小野さんを訪ねて、陸前高田へ行こうと思いついたのが発端。陸前高田でもライブが出来ることになり(やなぎさんとご一緒です)、せっかくならと仙台と盛岡でのライブも決まりました。東北へは何度か行っているけれど、私は震災以降は仙台の町中に一度行っただけ、沿岸の方には全く行っていないので、陸前高田や周辺の町、そこに暮らす人々、いろんなものをちゃんと見て、肌で感じてきたいと思っています。

 

さて、先日生協で、復興応援の岩手の塩サイダーというのを見つけて買ってみました。

これがなかなかの味でした。普通のサイダーよりも優しい味で、炭酸も弱め、あと口にほんのり塩の味。ものすごく美味しいのではないけれど、なんだかまた飲みたくなる味。うxちの息子も最初はう~んイマイチとか言っていたけれど、1本飲み終わる頃には、くせになるかもと申しておりました。余韻が残る味です。見かけたら試してみてください。(佳)

 

☆夏休みは水曜の定休日を含んで8月28日から9月4日まで、9月5日の木曜日から再開です。

 

 

 

 

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やなぎ@稲生座

 

74日の木曜日、稲生座でやなぎさんを聞いてきました。

そのライブで、初めて聞いた新曲が凄かった!!

それは、震災から2年半たった今の被災地で、そこで暮らし、これからもそこで生きていく人たちの声を歌にしたものでした。

やなぎさんは震災後「がんばろう」という曲を作って歌っていました。手のひらに汚れも傷もない人たち、そこらじゅうに溢れている‘がんばろう’という言葉への違和感を歌ったこの曲を聞いた時、ガツンと来ました。高校の教師をしている私の友人が、東北にボランティアに行ったりしている教え子に、是非この曲を聞かせたいといったものでした。でも時が流れ、最近のやなぎさんは、がんばろうの光景すらもうないと感じているようでした。都会の時間と、被災地の時間の流れは全く違っていて、こっちではもう過去のことになりつつあるけど、向こうでは何も始まってすらいないと苛立ちを募らせているようでした。

そして作った歌、たくさんの人の話が淡々と歌われていきます。でも、そこにはそれぞれの痛みがあり、それぞれの希望があり、それぞれのどうしようもない思いがあります。ああそうなんだ、そんなこともあるんだ、辛いね、切ないね、でも前に向かっているんだ、私の中にいろんな思いが浮かんでは消え、いつしか涙がこぼれました。そしてこの曲はこれから始まるんだという強い思いで締めくくられました。曲が終わった時、お客さんが、「ゴメンな、何にもできなくて」とポツリと一言。そこにいた人たちの心に確かに届いた歌の力を感じました。そして今日やなぎさんの歌が聞けたことに心から感謝しました。

こんなふうに、強く心を揺さぶられることは、私にとってはとてもとても大切な体験です。心が動かなければ、何をすることも、何かを創ることもできないのですから。それとともに、自分に何ができるのか、これから何をすべきなのか、もっともっと深く考えなければと思った夜でした。

どうぞ、あなたもやなぎさんのこの歌を聞いてみてください。あなたの中に何が残るのか、体験してみてください。そしてその話ができたら素敵ですね。(佳)

 

炎の雫での やなぎ・ライブ 726日(金)1930~ ¥1500+order

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